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nyantone’s blog

宝塚歌劇、映画

『シェルブールの雨傘』 (1964)

この映画は、傘屋の娘ジュヌヴィエーヴと工員の青年ギィの恋が、アルジェリア戦争によって引き裂かれ、互いに愛しながらも別々の道を歩くまでを描いた悲恋ミュージカル映画アルジェリア戦争の渦中のフランス。港町シェルブールの雨傘屋の娘ジュヌヴィエーヴは、自動車整備工の恋人ギィと将来を誓い合っていた。しかしギィに召集令状が届き、入隊前夜に初めて一夜を共にした2人は離れ離れに。出征したギィの子供を身ごもりながら帰りを待つジュヌヴィエーヴだが、ギィからほとんど手紙が来ないため不安を募らせる。そんな矢先に裕福な宝石商カサールからプロポーズされ、彼女も少しずつ心を許していき結婚する。それから数年後、ギィは戦争で負傷してフランスに帰還した。だが、雨傘屋にジュヌヴィエーヴはいない。ジュヌヴィエーヴは結婚したと聞いたギィの幼馴染でもあるマドレーヌと結婚し子供を授かる。数年経った1963年のある冬の夜、ジュヌヴィエーヴは、偶然ギィと出会う。2人は短い会話だけして、永遠に別れていく。という物語。

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まず、色彩がおしゃれでカトリーヌ・ドヌーヴがお人形のように可愛い。まさにフランス人形である。リボンのヘアアレンジやコートスタイルが素敵で雨の日のデートにこんな上品なスタイリングを真似してみたい。

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前回の『ロシュフォールの恋人たち』は「運命」を信じてみたいと思わせる映画だったが、今回の『シェルブールの雨傘』は「運命」や「奇跡」なんてない。「偶然」から愛は育まれるもの。もしかしたら「偶然」こそ「運命」なのだと思う映画である。

 

ジュヌヴィエーヴとギィは互いに「運命の人」と思っていたはず。だが、結果的には「偶然」身近にいた人と愛を育む。

そう、世界中の人間の中で永遠の赤い糸で結ばれている「運命の人」なんかいない。「運命」や「奇跡」ではなく、たまたま「偶然」身近にいた人と愛を育むのだ。

 ギィが自分の子供にジュヌヴィエーヴとの子供につけようと話していた名前をつけていたのは少なくとも子供を授かるときまでジュヌヴィエーヴを愛していたはず。

だが、最後にジュヌヴィエーヴが「あなた幸せ?」と聞くと、ギィは「幸せだ」と答える。今は妻マドレーヌへの愛が生まれたのだろうし、子供を愛しているんだろう。でも、ジュヌヴィエーヴはギィのことをいまだに、愛していて「運命の人」と思っているところを感じると切ない…

だが、ギィが「幸せだ」と答えた時にようやく2人の恋愛は終わったような気がする。

 

何かを得ることは他の何かを捨てることなのだ。ジュヌヴィエーヴはギィを捨てたつもりじゃなかっただろうが、カサールと結婚したということはギィを捨てたということなのだ。どちらを選んでいても良いことと悪いことがある。最後にギィが幸せそうに見えるのもただ「隣の庭は良くみえる」だけなのかもしれない。

 

「愛のために死ねる」なんて映画の中だけ、映画のように上手くはいかない。それが普通の恋愛でその切ない恋愛は儚くも美しいのだ。

 


Les parapluies de Cherbourg: "Mon amour, je t'attendrai toute ma vie..."

美しくも悲しい素敵な場面。